神農街

所在:
台南市中西区海安路二段

アクセス:
台鉄台南駅からタクシー5分

管理人のコメント:
 神農街(シェンノンチエ)は、台南市内にある古い街並みです。昔の名前から北勢街と呼ばれることもあり、海安路から新農街に入る入口には「北勢街」の小さな標柱が立っています。「神農街」という名前は、この通りの突き当りにある「台南薬王廟」に医薬の神様、神農が祀られていることによります。
 車が一台やっと通れるぐらいの細い道で、全長は300mほど。にぎやかに車が走る海安路から一歩神農街に入ると、木造の古い建物が隙間なく軒を連ねています。なぜ、ここにこのような一角が残されたのか、不思議な気がします。
 実は、この細道は、かつては港から続く運河だったのだそうです。両側の建物は、運河に面していたことになります。2階を見上げると、窓とは別に、扉のようなものが設けられている建物があります。これは、建物の前に着いた船から、直接荷揚げをしていたときの、荷物の取り入れ口です。これを見てようやく、、ここに運河があったのだと納得できます。
 現在は、残された建物の整備と再利用が進んでいます。古いってものに新しい雑貨店や工房が入ったり、カフェやバーとして利用されたりして、新しい文化の雰囲気も感じられます。
 昼と夜とでは雰囲気が一変。昔の運河に面した商家街の空気が感じられる昼間に対して、明かりがともる夜は場末の盛り場のような、あるいは田舎のお祭りのような雰囲気に変わります。若者にも人気で、いちばんにぎわうのは夕方から夜にかけてです。

 神農街の入口から、大通りの海安路を挟んだ真向かいに、台南市内でも有数の古い市場、水仙宮市場があります。こちらは早朝から午前中いっぱいが、買い物の市民で大にぎわいとなります。
    
    
夜の神農街の入口。かつての名称「北勢街」の標識もある。入口左側の建物は壁面に絵が描いてある。海安路には壁画を描いた建物が多く、芸術街とも呼ばれている。「金華府」の提灯は、神農街中ほどにある関帝廟「金華府」によるもの

神農街入口右側は、夜になると飲み屋になってにぎわう。海安路の歩道にもイスとテーブルを並べている。海安路には、広い歩道まで店にして営業しているレストランやカフェが多い

夜の神農街。かつて運河に面していた2階に張り出しや出窓を設けた建物が多い。ほとんどが戦前の建物

古い建物の軒先を借りて営業をしている小さな店もたくさんある。台湾ではおなじみの「反原発」の旗

2階の張り出しの中央に、かつて荷物の出し入れに使っていた名残が見える

点々と灯る街灯や店の明かりが、風情を醸し出す

古い外観をモダンに改装したこの建物の「阿朗基公寓」は、後になって分かったのだが、人気のプチホテルだった。1階はカフェで、宿泊スペースは裏にある。プチホテルと書いたが、正式には短期のアパート(公寓)で、入口は別にあり、、ホテルのようなサービスはない。2つの建物に計4部屋ある

若い人がスペースを借りて始めたショップが多く、神農街を訪れる客も若者が多い

モダンな雑貨店

神農街の中ほどにある小さな関帝廟「台南金華府」。神農街がかつて、五条港区北勢街といわれていたころからあり、神農街の歴史を見つめてきた廟である

廟のすぐそばに、モダンな服飾店。1階だけが、最新に改装されている

「五条港行號」は、工房に改装されたスペース。昔の商家建築の常で、間口は狭いが奥行きは長い

台南に伝わる伝統工芸の刺繍に、若者たちが取り組んでいた。先生を招いて、定期的に勉強しているのだという

長さ300mほどの神農街は、途中に一本、交差する道がある。その角にある「太古咖啡」。夜はお酒も飲める。神農街リノベーションの先駆けともいえる店

何するともなく集まっている若者がいる風景は、日本と同じ

昼間の神農街は、夜とは全く違った趣。暗い時にはわからなかった建物の細かな意匠が見てとれて、おもしろい

右側、3軒目、4件目の建物2階にも、運河だった時に荷物の出し入れに使われていた扉があるのがわかる。当時は1階手前が店舗、奥が住居、2階は倉庫として使われていた

午後から開く店が多いので、地元の観光客が繰り出すのは日が落ちてから。昼間はひっそりとしている

 神農街の名前の由来となった神農を祀る「台南薬王廟」



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